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本のご紹介

2001年〜2005年の五行歌秀歌集

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書 名 ◇ 『五行歌秀歌集1』

編 者 ◇ 草壁焔太
価 格 ◇ ¥2,095+ (税)

A5判・上製・584頁
本体2,095円(税別)
発行日 2006年8月20日
ISBN ISBN978-4-88208-080-x


◆◇編者プロフィール◇◆

草壁焔太(くさかべえんた)

1938年 旧満州大連生まれ、9歳のとき小豆島に引揚げる。
東京大学文学部西洋哲学科卒。
1957年 19歳にて五行歌発想 1994年 五行歌の会創立。同人誌月刊『五行歌』を創刊。

主な著作 五行歌集『心の果て』『川の音がかすかにする』『海山』『人を抱く青』
五行歌論集『飛鳥の断崖』1998年、『散文人間・韻文人間・データ人間』1990年、『もの思いの論』2009年、『すぐ書ける五行歌』『五行歌 誰の心にも名作がある』以上市井社
『五行歌入門』東京堂出版(2001年)、 東京都在住。






◆◇五行歌秀歌、圧巻の1,850首! ◇◆

2001年〜2005年の五行歌秀歌1,850首を編纂。 収録歌人756人。新詩形五行歌の渾身の一冊!


 この五行歌秀歌集1は、五行歌の会の雑誌『五行歌』に発表された歌、会が公募した作品、所属の歌会作品などから秀歌を集めたもので、初めての試みである。二〇〇〇年までの五行歌の集としては、東京堂出版が出して下さった『五行歌の事典』がある。これは、事実上、秀歌集であるが、同社の事典シリーズの一つとして出されたので、『事典』という名がついている。  この秀歌集1は、主に二〇〇一年から二〇〇五年までの秀歌を集めたもので、作者は七四四人、作品数は一八五〇首に及ぶ。ただし、これ以前のものもあり、数首、二〇〇六年のものも含んでいる。選は私一人が行ったが、各歌会の代表者たちに、二十首ずつほど推薦歌を出して頂いた。そこから選んだ作品も入っている。  私は二、三ヶ月で纏められると思っていたが、中途でこの五年間の歌を読み直すことにしたため、選び、分類し、配列するのに、まる一年かかってしまった。『五行歌』はすでに四百頁に近く、ふつうの本としたら三冊分くらいあるから、百八十冊の本をこのために読んだというに近い。歌を書いた人々の気持ちを思うほどに、全部を見ようという気持ちとなり、見損じしないように努めもしたが、それくらいの責任はあるものだと思う。  第一に「よい歌」を選び損ねないように努めた。第二に出来るだけ多くの人の歌を選ぶことに努めた。  純粋に「よい歌」基準であったら、掲載者は二割減となったかもしれない。このため、歌の水準は、そう高くしていない。ある程度、多くの個性を含むほうを取ったからである。
 古今集や新古今集の頃に比べれば、掲載者数が桁違いに多いので、いろいろ難しいところがあった。歌のいい人の場合の掲載数が減ったと思う。
 私自身は、この秀歌集には自分の歌を三百首は載せたかった。後世の厳しい人が見れば、私の歌は八十くらい取るのではないかと思った。その程度の自信はあるが、私のものは二十八首となった。載せたいものの十分の一以下である。五行歌を書かれるみなさんの思いも、おそらく十分の一程度しか反映していないだろうと思う。
 なにしろ、人は自分の一番いいように歌を書いているのだから、そう思って当然なのである。このような集に出る歌はごくわずかで、結局は「自分の歌集で自分の歌は纏めるしかないなあ」というのが私の述懐である。それも主に自分の歌のことを思っての述懐である。
 この秀歌集は、最近の詩歌集と比べても、とことん真実な歌を集めたものといえるだろう。五行歌人のよい特徴は、正直なことである。ごまかすということがない。徹底して自己批判的で、自己神秘化が少ない。つまり、自分に内容があるかに見せるための難解な歌が少ない。
 二十世紀以降の文芸、詩歌は、内容をわからなくしたり、些少のことを意味ありげにして、自分には神秘的な特別の何かがあるように見せかけるものが多かった。科学万能の時代になって、その意味での知的敗北者が文芸を行うが、何か自分にいいところがあるとすれば、自分であることに何か神秘でもあるかのように見せかけなくてはならない。まるで特別な感覚や直観があるかのように見せかけた。
 このために、象徴派も知性派も荒地派もシュールレアリズムも前衛派も、人が近寄れないような何かをしかけ、わからないようにして自分の崇高さをわからせるというような、落とし穴に落ちてしまったのである。  これに対して、正直にこつこつとわかるような詩歌を書いていけば、かならず感じ思うことは通じ、自分自身の内容も高くなってくるにちがいない、だから正直になることによって自分自身に試練を課すという方針を私はとった。この私自身の立ち向かい方が、この五行歌人全体に自然に及んだと思う。
 実際、私の予想したとおり、事実に肉薄してわかりやすく、問題性を曖昧にしないストレートによい作品集となったと思う。
 つまり、私は五行歌を始めるとともに、この初期の時期には選者の役割もした。つまり、そういう真実な歌を選んできた。これについての評価は、この初期の五行歌が今後どう評価されるかにより、今、私が云々することではない。信念をもってしたというほかはないのである。
 五行歌はすでに数十人の優れた五行歌人を生んだと自負しているが、多くのよいうたびとを作るというのは、ただ数を数えて楽しんですむようなことではない。
 そのよいうたびとが、人間の思いの歴史のなかで、新しい指標を作っていけるかどうかが問題なのである。よいうたびとは、よいうたびとで甘んじていられない。自分の思い(思想)によって、人類がよい方向に進むのを見るまで、仕事は終わらないのである。
 よいうたびとになったならば、さらに大きな困難な使命が生じていると、自覚せねばならない。詩歌は、世界の指針となるような「思い」を打ち出してこそ、新しい文芸となり得る。しかも、それは五行歌にとって可能であろうと私は思っている。
 五行歌のこの秀歌集にこめられた思想性(思いのいろいろ)は、かなりいいものであろう。しかし、まだはっきりしない。これが、いつか、物事への迫り方として、自己についての考え方、宇宙、世界についての考え方として、人類の指針となったときに、初めて新しい必要な文芸だったということになるのであって、私たちは五行歌の流行を作るのが目的なのではない。
 私には、その思い(思想性)がどこまで来ているとの、自分なりの診断はしているが、現在はあまりそれを言うべきでないだろう。もちろん、まだ完成しているとは言いがたい。ただ、五行歌には、五行歌で人格を作ったとも思われる優れた若者が、かなりの数いるが、これらの若者の率直な鋭い思いのなかに、将来の大きな可能性を感ずるということはある。
 しかし、そのためには人類の歴史のなかにどっぷり浸かって、なお新しい思いを打ち出していくのだから、彼らにとってなまじのことではないだろう。私自身にとってももちろんそうである。  実際、新しい文芸であるということは、なまじのことではないのである。それは、世界の指針たることを求められるのだから、当然であろう。
 私は、この秀歌集の終了後、世界五行歌の仕事にかかるが、これも流行を作るためではなく、世界の人々に物事に対して真正面からもの思ってもらうためである。この五行歌という詩型によって、思いの透徹を果たし、思いの新しい世界を生み、新しい世界を動かしていく思いを結晶させねばならないと決意するからだ。  最後まで行かなければ、最後まで行こうとしなければ、道にならない。そんなことを思いながら、この編集作業を終えた。
 全体を三十四巻に分類した。歌はよい歌ほど多くのテーマを含んでおり、どちらとも思えないものも多かった。これに対しては、直感的にまた各巻の数をそろえるという二義的な理由のもとに分類した。分類にはあまり重きを置かないで頂きたい。また配列については、各巻の冒頭と最後以外は任意とした。また各巻の初めに二頁の解説のごときものを書いたが、これは解説がないと選の基準がわからないという人々が多いために、あえてしたものだ。また、この解説のなかで、もうしわけないと思いながら、敬称などは省略させてもらった。  多くのうたびとの真摯な努力、追究があってこそ成った秀歌集である。これまで五行歌を支援して下さった方に対しても、ありがとうと言いたい。さらなる追究に向かって一つの大きな礎ができたと思う。
              二〇〇六年七月十二日記す。
(序文より)




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