日本人はやまと言葉でもの思え!
自分の都合から深く考えるというのは、ものの思い方としては、むしろ原始的なもの思いであって、さまざまの側から立場を変えて自在に深く考え、もの思うというのが、真のもの思いである。こういう立体性の深みがないと、ほんとうのもの思いはできない。(二章より)
「思う」というきわめて単純な人間的な作用が、つきつめていけば、すべてを左右し、決定し、すべてを操作していく。こうして、私の思いの論は、思うことによって内面を動かし、なにかを作り出そうとするのである。
そのなにかとは何か。それは自己であって、その自己の完成である。(中略)新しい周辺に反応して絶えず、新しい自己を創っていかなくてはならない。(四章より)
アメリカでの五行歌普及活動の中で、日本人のもの思いの論、組井戸理論、中心線論が受け入れられ、日本の詩歌の理論が向こうの人々に求められていると感じたことから、本書が書かれた。

ジャンル | 五行歌詩歌論・入門書 |
発売日 | 2009-10-30 |
定価 | 1,572円 (本体1,429円+税10%) |
判型・頁 | 四六判・上製・280頁 |
ISBN | 978-4-88208-097-8 |
─「哲学」から「もの思い」へ
【まえがき】紹介
著者は、「哲学」をやめ、「もの思い」をし、その「もの思い」の成果を「五行歌」に表現してきた。つづきは試し読みへ
【目次】紹介章タイトルのみ 詳細な目次は試し読みへ
まえがき
第一章 思いとは
第二章 もの思いの具体例 五行歌で語る
第三章 思いの体系とその作り方、使い方
第四章 「思う」は内面をまとめ、操る
第五章 古典にみる最高のもの-思い
第六章 実作が教えたもの-思いの大切さ
第七章 人間論
第八章 宇宙と人間
第九章 文化論
第十章 五行歌はなぜよいか
【内容紹介】
─ 思いは目的であり手段
思うということは、人間の最も基本的な、また最も人間らしい行為であり、人の一生の最高の目的ともなることである。
それは、呼吸する、歩く、といった行為と同じように、毎日、毎瞬、私たちがしていることだ。眠っているときは、しないけれども、しているかもしれないとも思うくらい、それほど、私たちはいつも自然にもの思っているものである。
人間にとって、思いとは、最高の目的であると同時に、また最高の手段、武器でもある、ということができる。それは、私たちの最高の能力に関係していると、私たちは思っている。それについて、反対する人はたぶんいないだろう。
そういう行為であるにもかかわらず、「思う」ということは、子どもの頃から教育されていない。
誰もが意識ある毎瞬、思いつづけ、何かある節々に思い方を変え、思い自体を自分自身のようにも思う。つまり、思う自分こそが自分であり、そこにこそ自分という人間の主体があると感じている、その「思う」という行為、思うということについて、私たちは教育されたことがないようなのである。
私はこのことに驚いている。(続きは立ち読みへ)
※注 巻末の五行歌の会案内や、歌会情報は、出版当時のものです。
現在の情報は、五行歌の会ウェブサイトをご参照ください。
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