五行歌とは、日本のこれまでの詩型から、新しく考えられた自由で、書きやすく、また完成しやすい短い詩の形です。

英語による説明は、こちらへ。Explanation in English of Gogyohka(5-Line Poetry).

新々・五行歌五則(平成20年9月制定)
一、五行歌は、和歌と古代歌謡に基いて新たに創られた新形式の短詩である。
一、作品は五行からなる。例外として、四行、六行のものも稀に認める。
一、一行は一句を意味する。改行は言葉の区切り、または息の区切りで行う。
一、字数に制約は設けないが、作品に詩歌らしい感じをもたせること。
一、内容などには制約をもうけない。

草壁焔太著『すぐ書ける五行歌』市井社2008より
日本人、和歌(五七五七七)ができるまえは、自由に短い詩を書いていました。それらを古代歌謡といいます。

籠もよ み籠持ち
ふくしもよ みぶくし持ち
この丘に 菜摘ます児
家聞かな な告らさね
そらみつ やまとの国は
おしなべて 吾こそをれ
しきなべて 吾こそませ
吾こそは 告らめ
家をも名をも


こもよ みこもち
ふくしもよ みぶくしもち
このおかに なつますこ
いえきかな なのらさね
そらみつ やまとのくには
おしなべて われこそをれ
しきなべて われこそませ
われこそは のらめ
いえをもなをも
 というように、字数、音数にはまったくこだわらず、自分の呼吸に合わせて、いきいきとした詩歌をつくっていました。
 それが、和歌になったのは、630年頃、先進文化国だった中国の整った漢詩を見たときでした。
このために、日本人はみんなが1400年にもわたって、嬉しいときも、悲しいときも、楽しい時も、怒った時も、オルゴールのように一つのメロディを奏でてきました。
 自由に書いたら、どうだろう。こう考えて、呼吸の切れ目がよくわかるように、五行に分けて書くようにしたのが、五行歌です。

 五行に書くというほかに、とくに制約はありません。
 これを考え出したのは、いまの五行歌の会の主宰者の草壁焔太で、昭和32年、まだ19歳の時でした。最初の歌は、下記のようなものでした。

どんな
ステンドグラスを
とおりぬけてきたのか
君の
薔薇色の頬


花びらの
小さな
ふくらみに
あの人の指を
かくしてやるのだ



その後、草壁はこの詩歌を人にも書いてほしいと思うようになり、1994(平成6年)4月から、五行歌の会(五行歌の会の項、参照)を作りました。
 五行歌は、音数も自由です。長くても、短くてもかまいません。
 ただ、詩歌の感じになっていればよいということになっています。
五行という制約は、古代の歌謡の45%は、五つの句で成っていることからです。 また、五行詩ではなく、五行歌というのは、「詩(し)」という言葉が、もともと中国語で、それを日本の言葉では、うたと言ってきたからです。
 日本の歌は、漢詩でも西洋詩でもないという心構えからです。
それを、いま生きている人の、それぞれの呼吸のままにうたうと、自然な、その人らしい生きたうたになります。