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ピーター・フィオーレさんからメール。私が12月号の日誌に書いたマンハッタンの詩人です。私は、「ここで/ほんの60年前/銃で日本人に狙いをつけた/今/草は丈高く褐色に」という歌を取り上げました。また、この頃はどこへ行ってもこの歌の話をします。
私は、この歌は、私の原爆の歌への返歌のようなもの。日米の詩人がした対話であるとまでいいました。私はピーターを知らず、話したこともなく、ただ歌を見て、そうだろうと確信していたのです。
私の原爆の歌は「原爆を落としたのは/アメリカではない/当時の国家意識だ/日本が持っていたら/確実に落としていた」というものです。
ピーターの草原はデトロイトの工場跡地でしょう。勝者は誰か、というのが私とピーターの話です。ピーターはまた私の文化論にとても感銘したといってくれました。政経の世界は、所有と支配の世界。文化の世界は理解と敬意の世界。文化の世界では負けた者が奪う。吸収できるのは負けた側であり、勝った側は奪われるだけである。
私が繰り返し何度も話すことです。このことを取り上げて言ってくれた人もピーターが初めてでしょう。「わかる!」と思った人はわかる。話さなくても語り合ったという気持ちです。
これは世界大会で私と鳥山晃雄さんの間にもありました。二日目の外国人の話のとき、聞いている鳥山さんを見て、レポートを鳥山さんに書いてもらいたいなあと私が思ったのですが、時間がなくて頼めませんでした。
しかし、三日ほどして鳥山さんから「勝手に書きました」とレポートが届いたのです。
鳥山さんが感動して何か書きたいと思っていた、私が感じて、書いてほしいと思った、「鳥山さんは私が書かせたいと思っていると思った」のかどうかは聞いていませんが、それに似たものはあっただろうと思います。
まだ会ったことはありませんが、ピーターと私は最も肝心なことを十分話していると思います。
アメリカの五行歌雑誌の発行に協力したいとありました。ピーターは67歳だそうで、16歳の孫娘が五行歌を三ページも書いたが、何がなんだかわからない形式の俳句より、よほど自由ないいものを書く。五行歌という形式が素晴らしいからだ。えんたさん、おめでとう! と、ありました。孫娘の作とは、
bed time
so early
while across the world
people
are still dancing
訳さなくてもいいですよね。
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